マイページ
CoCoRoプラセンタ

プラセンタの歴史

プラセンタの歴史

プラセンタの歴史は深く、エジプトの女王クレオパトラ、フランスのマリーアントワネット、中国の楊貴妃などが若返りや美容のために使用したといわれています。

紀元前では、「医学の父」 と呼ばれるヒポクラテスが胎盤に着目し、治療に用いられていました。その後、ヨーロッパでは、脳梗塞や不妊症の治療で使われていたそうです。

漢方としてのプラセンタ

中国での胎盤は、「紫河車(しかしゃ)」と呼ばれ、漢方薬としての歴史が古く、秦の始皇帝(紀元前259年~紀元前210年)の時代には不老長寿の薬として使っていました。
「紫」は[帝王]、「河車」は[北方の生気]を意味し、精霊に通ずる言葉をあらわしています。

強壮薬として、疲労・虚弱・気虚・血虚・喘息・咳嚇などに用いられてきました。
そのほかにも不妊症、精神安定、てんかんなどの治療で使われていたそうです。

日本では、江戸時代に「紫河車」を配合した昆元丹(こんげんたん)が加賀藩(現在の石川県)の三大秘薬のひとつに数えられ、不老長寿、滋養強壮の薬として使われていました。
いまでも「紫河車」は漢方薬として使用されています。
虚弱体質、エネルギーと血液の不足、精力の衰えた人などへの滋養・強壮薬として用います。体の抵抗力、免疫力を増強します。自律神経失調症、貧血、不妊症、気管支喘息などの慢性疾病、またアレルギー体質の改善にも役に立ちます。長期間服用すると効果が見られます。

プラセンタの現在

現在では、プラセンタの有効成分を効率よく取りだせる技術が発達し、日本独自のプラセンタの研究・応用が進み、効果が注目されています。 プラセンタのはたらきは、医薬治療分野をはじめ、健康食品、化粧品まで広い範囲で注目されています。

プラセンタ注射液のラエンネックとメルスモンは医薬品として、厚生労働省に認可された健康保険適用薬にもなっています。